フランスパンなどのリーン(シンプル)なパンに添加されるモルトシロップですが、添加されるその理由と役割についてご存じでしょうか?
本記事では、そのモルトシロップについて理解を深めていきたいと思います。まず、モルトを使う目的について明確にしておきましょう。
モルトを使う目的
リーンなパンではクラストに色艶があるものが好まれます。色や艶を出すためには、砂糖ではなく、モルトシロップが重要な役割を果たしているのです。
それでは、その役割について詳しくみていきましょう。
モルトとは何か
まず、モルトとは何でしょうか?モルトは、「麦芽」のことを指します。麦芽は、醸造原料として、ビールなどで使われていますが、主な原料としては、大麦が用いられています。
麦芽の中に、「アミラーゼ」というデンプン分解酵素と「プロテアーゼ」というタンパク質分解酵素が存在しています。モルトシロップは、「大麦」が発芽する際に活性化する、「α-アミラーゼ」によって副産される麦芽糖を煮出した粘性のある糖液です。はちみつのように、強い甘みがあるわけではなく、ほんのり甘く、独特の香りと若干の苦みがあります。
メーカーによっては、100%のモルトを使用しているものと、その他材料を混合しているものがあります。
モルトには2タイプあります
■粉末タイプ
粉末モルトは、発芽した大麦などを粉末にしたものです。他の材料が混合されている場合が多いため、配合量を2倍程度必要になってきます。詳細は、メーカーの推奨添加量を参考にしてください。
■液状タイプ
粉末モルトに温水を加え、タンクの中で熟成させて、大麦などに含まれるでんぷんを投下させて密状にしたもの。
粉末あるいは液状の、使い勝手の良い方を選んでみてください。
モルトシロップの成分
さて、モルトシロップの成分について、詳しくみていきましょう。
成分は、麦芽糖と水分が、大半を占めています。しかしながら、ここで最も注目すべき成分は、上記でも説明したように、モルトシロップに含まれているでんぷん分解酵素の「α-アミラーゼ」です。
モルトシロップの役割
(発酵時)
モルトシロップを添加する主な目的は、できるだけ早い段階で、この「α-アミラーゼ」の活性を利用して、小麦粉中の損傷でんぷん組織をイーストの好物である「デキストリン」と「ブドウ糖」に分解して、栄養補給をさせ、イーストを活性化させるためです。
それでは、フランスパンのような生地に砂糖を配合しないリーン(シンプル)なレシピの場合、イーストは何をエサとして発酵しているのでしょうか?。
フランスパンは、イーストの使用料をなるべく少なくして、生地の発酵および熟成を十分引き出して、風味豊かなパンに焼き上げたいという意図のもとにすべての配合、そして工程が設定されているパンです。それゆえに、生地中に含まれるでんぷん分解酵素の量も少ないのです。
イーストの添加量の多いパンにおいては、生地発酵における炭酸ガスの発生は、ミキシング終了後15~20分間程度で開始されています。一方、イーストの添加量が少ないフランスパンの場合は、イーストがでんぷんを「ブドウ糖」に分解しなければならないので、30~40分間と倍の時間がかかります。
そこで、少しでも早く炭酸ガスの発生を促すために、フランスパンの生地作りには「モルトシロップ」を添加するのですが、その理由を下記にまとめています。
フランスパンにモルトを使う理由
イーストを発酵させるためには、まず小麦粉に含まれるでんぷんを「ブドウ糖」に分解する必要があります。
イーストは、もともと体内にでんぷん分解酵素を数種類持っています。しかし、「α-アミラーゼ」と「β-アミラーゼ」は含まれていません。そのため、でんぷんを素早く「ブドウ糖」に分解することができません。
また、小麦粉中にもでんぷん分解酵素は含まれていますが、それだけでは不十分で、炭酸ガスの発生が弱く発酵に時間がかかる場合があります。
そこで、モルトシロップに含まれる「α-アミラーゼ」の活性を最大限に利用します。
モルトエキスの役割
(ミキシング時)
モルトシロップはミキシングの段階においても、とても大切な役割があります。
モルトシロップに含まれる、タンパク質分解酵素「プロテアーゼ」の作用により、グルテンの網目構造が緩和され、生地が軟化します。それによって、生地の伸張性が良くなり、機械耐性も向上するのです。
モルトエキス添加に関する注意
添加量が多いと、生地がベタつきやすくなります。結果として、生地の分割や成形時において、作業性が悪くなるので注意が必要です。
目安となる添加量は、小麦粉に対して0.3~0.5%程度です。
【参考添加量】
小麦粉量(g) | 0.3%添加の場合(g) | 0.5%添加の場合(g) |
300 | 0.9 | 1.5 |
400 | 1.2 | 2.0 |
1000 | 3.0 | 5.0 |
3000 | 9.0 | 15.0 |
ただし、国産と海外産によって、「α-アミラーゼ」の活性が2~3倍違います。海外産を使用する場合は、添加量をやや控えめにすることをおすすめします。
モルトエキスの役割
(焼成時)
モルトシロップを添加することによって、焼成後のクラスト(表皮)に綺麗な焼き色が付き、風味をつけることもできます。これは、モルトシロップに含まれる麦芽糖による効果です。
ショ糖は加熱することで徐々に溶けはじめ、その後ゆっくりと色がついていきカラメル化(褐変反応)する現象が起こります。また、褐変反応は、炭水化物とアミノ酸が反応することで褐色になり、強い風味が生じるメイラード反応という現象もあります。
このメイラード反応は、ショ糖よりも「ブドウ糖」や「果糖」で反応しやすく、パンの焼成での色付きは、主にこの「メイラード反応」によるものが大きいです。このような反応でパンには褐変反応が起こりますが、糖はイーストの栄養源として消費されます。ショ糖やブドウ糖などは、イーストのエサとして最初に消費されやすいですが、麦芽糖は最後に消費されて残りやすいです。
フランスパンなどでは、もともと少ないブドウ糖がイーストの栄養源となっても、「モルトシロップ」を加えることにより、麦芽糖が残り色付きや風味を与えてくれるのです。
砂糖はモルトシロップの代わりになるか?
上記でも説明しましたが、モルトシロップには、栄養補給をして発酵を助けるだけではなく、機械耐性の向上、クラストの色艶を良くする効果があります。
モルトシロップと同量の砂糖を添加したのでは、最初にイーストの栄養になってしまい、クラストの色艶を綺麗に出すことができません。だからと言って、必要以上の砂糖を使うと、ただ甘い味で、風味の弱いのパンになってしまいます。よって、砂糖をモルトシロップの代用として使うには十分ではありません。そこで、砂糖の入っていないフランスパンの色艶を出すためには、やはりモルトシロップの役割が重要になってくるのです。
モルトシロップの添加方法
モルトシロップの添加方法はさまざまありますが、ここでは2つご紹介します。
添加方法の例
■添加方法①
1.仕込み水の一部(少量)を、モルトシロップに加える。
2.よく混ぜ合わせて、シロップを溶かす。
3.しっかりと溶けたら、小麦粉と合わせてミキシングする。
■添加方法②
1.配合にある小麦粉の上に、分量のモルトシロップを注ぐ。
2.モルトシロップの周りに小麦粉をまぶして、作業性をよくする。
3.手で持てる状態になったら、そのまま他の材料と合わせてミキシングする。
まとめ
いかがでしたか。本記事では、フランスパンなどのハード系のパンに用いられる機会が多い、「モルトシロップ」について説明しました。
モルトシロップを使用することによる、パン生地に与える影響をまとめておきます。
モルトシロップの効果
・イーストを活性化させる。
・生地の伸展性を高める
・機械耐性の向上。
・パンに風味を与える。
・焼き色の向上。
・窯伸びの向上。
・パンの老化を防ぐ。
少量添加であるモルトシロップですが、砂糖などを配合しない、リーン(シンプル)なパンを作る上での、でんぷん分解酵素「α-アミラーゼ」の大切な役割が理解いただけたのではないかと思います。
モルトシロップを添加することで、上記のような多くのメリットがあります。効果を理解して使用することで、パンの風味や味が格段に向上します。是非チャレンジしてみてください。
今後、パン作りを行なう上で、配合する各材料がどのような役割をしているのかを理解して、「素敵なパン作り生活」を楽しみましょう。
今回は、以上です。